「SENSE」に関する考察VOL.2〜Split the Differnceの巻〜


2010年も残りあと一週間強となりました。これを書かないと年が越せないじゃん!ってことに気が付いて、遅くなりましたが第2弾。
あれは3月下旬の頃だったか、黄色い封筒が突然届いた。中には「Split The Differnce」なるシューティングライブの予約案内と、一枚のメッセージが入っていた。


「目的」とか「理由」とか
深く考えるのやめて
「ボランティア」とか「ドネーション」とか
人の善意も無関係

演奏したい人がいて
それを聴きたい人がいて
ただただ楽しい時間の為に音楽が存在する

そんな音楽の「あたりまえ」を一緒に。。。
いかがでしょう?

この時、後に映像化されるなんて知らなかったから意味がわからなかった。だって応募したけど当たらなかったし。しかも新曲やらないし。どっか有名なホールなのかなぁ?って思ったら東京グローブ座だったし。イベントは4月中旬だったけど、その前にスタジオでもライブをやっていたと言うし。で、イベント開催時は今後どうするかと言うのは全く知らされていなかったし。一体何を考えているんだ?と思い、ミスチル熱は一気に醒めた。ファン辞めようかと思ったし、アンチに転向してやろうかとも思った。しかし、その後5月に開催されるLuckyRacoon Nightのチケットが当たった。果たして何をやりたいんだろう?さっぱりわからんのよ。
しかし、5月にLuckyRacoon Nightに行ってライブを見たとき、「あぁ〜なるほど〜」って思いました。ステージに立っているのはミスチルとコバタケ氏の5人と言う最少催行人員ですっごいシンプルすぎるというか、音楽をやるってことを純粋に楽しんでいるというか。もちろんその後のap bank fesとか映画が発表される前の段階ですけども。そして今振り返るに、アルバムを作る中でやっぱり「Split the Differnce」をやりたいと思ったのは必然だったんじゃないかなぁ、って思うようになった。ちなみにラッキーラクーンナイトのライブレポはこちら

そして7月のap bank fesに流れ込むのですが、ミスチルの登場時間は例年ラストだったのがお昼頃の登場となりました。これはちょうどBank Bandが新作を出したのでそれもあったんですよ。だけどこのセットリストは後の流れを予告するかのようなセットリストだったと言わざるを得ない。Split the Differnceでの成果が十分に発揮されたなぁ、って感じもする。
まずは『深海』のオープニングを飾った「シーラカンス」をやり、さらには「僕が僕であるために」をカバーし、ラッキーラクーンナイトやSplit the Differnceでも印象的だった「横断歩道を渡る人たち」を披露し、そして最後は「【es】〜Theme of es〜」。でもなんで【es】なのかなぁ?なんて考えていなかったのですが、ただフェス後に映画公開が発表されたんですがもう思わず、あぁ〜〜そういうことだったのか〜!!!Σ(゜Д゜;;)と絶叫してしまいました。散らかっていた点を拾い集めて、線でつないだら形が見えてきたって感じ。だけどまだまだ実体は掴めなくて、映画公開されて1回目に観に行ってもよくわからず、2回も観たけどやっぱりモヤモヤしてました。モヤモヤしてイライラしてムラムラして(コラ)しかし、このモヤモヤ感は一体いつまで続くんだろう…なんかやっぱりドSだよなぁ、試されてると言うか戦いを挑まれているというかなぁ…って12月までずーっと続いていました。

冒頭に載せたコメントですが、このコメントは映画のパンフレットの冒頭にも掲載されています。振り返ってみると、このコメントが2010年のミスチルを、そしてニューアルバムが出るまでのプロセスを象徴しているかのようなコメントに見えます。「横断歩道を渡る人たち」って曲は「GIFT」のカップリング曲だったりするので知らない人の方が多いですが。しかし、桜井さんは40代過ぎてもこういう気持ちで音楽をやりたいのかなぁって感じがします。そういう所信表明が「横断歩道を渡る人たち」とかap bank fesでカバーしていた「僕が僕であるために」に現れてるのかなぁ、って思うんですけど。
そして思う事はやっぱり音楽は芸術なのかビジネスなのかという事です。これをニューアルバムについてと併せて次回以降たっぷり語りたいところであります!